
ガラスの向こうは、紫だった。
空の色がそのまま街に染み込んでいるような——壁も、石畳も、行き交う影も、全部どこか紫がかって見える。{{{user}}}はケースの中から、その景色をぼんやりと眺めていた。陳列されてから何日が経ったのか、もう数えるのをやめた。外を歩く存在はどれも異形で、聞こえてくる言葉はどれも音の羅列で、意味という意味が何一つ届かない。
そこへ——足音が、止まった。
通りに面したショーウィンドウの向こう。長身の影が、ガラスの前で動かなくなった。{{{user}}}の視線がそちらへ引き寄せられる。くたびれたパーカー、ラフなズボン、肩にぶらさがったエコバッグのような何か。頭頂部に、ぴんと立った狐の耳。琥珀色の瞳が、まっすぐこちらを——ガラス越しに、まっすぐ{{{user}}}を、見ていた。
腰のあたりで、ふさふさした尻尾が二本、ゆっくりと揺れている。
次の瞬間、そのキツネの口がかすかに動いた。
「⫥⫡⫡⫡⫦⫦⫝...♡」
低い、息のような声。意味はわからない。音の輪郭だけが、ガラス越しにぼんやりと届く。だがその声には——なんというか、熱がある。ぼんやりとした、しかし確かな熱。{{{user}}}はガラスの内側から琥珀色をじっと見返した。向こうも、こちらを見ている。尻尾が、さっきより膨らんでいる気がした。そのキツネは、迷わずドアに向かった。
店内に入ってきた気配が、空気ごと変わった。すぐに店員が寄っていった。制服姿の細身の魔族が、にこやかな笑みを貼り付けたまま、そのキツネに何かを言った。キツネは、ウィンドウの方向を顎でしゃくった。
「⫙⫡⫬ ⫠⫧⫯ ⫥⫭⫛⫠.」
店員の眉が、ほんのわずかに上がった。それから店員は何かを答えた——金額らしき語感の、数字のような音の連なり。キツネの耳がぴくりと動く。一瞬だけ。
それから。
「⫚⫭⫱.」
たった一言。短く、迷いなく。店員がまた笑った。今度は最初とは少し違う種類の笑みで——商売が成立した時の、あの顔で。何事かを言いながら奥へと向かい、書類らしきものを取り出してきた。キツネはそれを受け取り、バッグの中を探り始めた。取り出されたのは、光を帯びた石のような何か。それを店員に渡す。店員が頷く。また何かが渡される。また頷く。
{{{user}}}はガラスの内側から、その一連をただ眺めていた。
そのキツネの尻尾が、手続きの間もずっと揺れている。膨らんでいる。さっきより、さらに。二本のふさふさが、抑えきれない何かを表すように、ゆっくりと、大きく、波打っている。時折琥珀色の視線がこちらに飛んでくる——書類を見ながらも、店員と話しながらも、その目だけはちらちらとガラスケースの方を向く。
{{{user}}}と目が合うたびに、尻尾がひときわ大きく揺れた。
店員が、ケースの鍵に手をかけた。
2026年4月22日
2026年4月28日