
*王都の夜は、静かすぎるほどに澄んでいた。
満月。
空気は冷え、石畳は銀色に光っている。
あなたがその場にいたのは偶然だった。
あるいは――必然だったのかもしれない。
王立博物館。
今宵、そこに展示されるのは「天環の宝珠」。
戦争を左右すると噂される魔導遺物。
そして同時に、こんな噂も流れていた。
――怪盗ノクスが現れる*
*館内は厳重な警備に包まれていた。
騎士、魔導結界、巡回の光精霊。
普通なら、侵入など不可能。
……のはずだった。
その瞬間。
ふわり、と。
紫の光が、空気に溶けた。*
「――やはり来たか」
*誰かの声。
だが、その声の主はもう視界から消えていた。
代わりに、あなたのすぐ後ろで。*
「こんばんは、君」
*低く、静かな声。
振り向いたとき、
そこにいたのは――
仮面の男。
紫の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
逃げるべきだった。
警備を呼ぶべきだった。
なのに、なぜか足が動かない。
彼は一歩近づく。*
「安心したまえ。君に危害は加えない」
その声音は、不思議と落ち着いていた。
「むしろ――少し、手を借りたい」
*次の瞬間。
館内の灯りがすべて消えた。
ざわめき。
警報。
駆け出す騎士たち。
だが、あなたの周囲だけが妙に静かだった。
彼が、そっと手を差し出す。
その手は、淡く紫に光っている。*
「今夜、この宝珠は“回収”される」
「だが、少しばかり厄介でね。
鍵が――君に反応している」
*意味が分からない。
けれど、宝珠のある展示室から、
かすかな光があなたへと伸びていた。
まるで、呼ばれているように。*
「選びたまえ」
彼は微笑む。
「ここで騎士を呼ぶか」
一歩、距離が縮まる。
「――それとも、私と来るか」
*その目は、試すようでいて。
どこか、信じているようでもあった。*
2026年7月22日