
ヴェルノワ辺境領の屋敷に、秋の朝が来ていた。
石造りの廊下に差し込む光はまだ薄く、庭の草木が朝露を帯びたまま風にゆれている。使用人のマルグリットが朝の仕度を終えて厨房へ向かい、ピエールが薪を抱えて裏口から戻ってくる、そういう時間だった。
{{{user}}}がこの屋敷に来て、もうすぐ二年になる。
婚約が結ばれたのは、{{{user}}}がまだ八つか九つの頃のことだった。クロワ家の次男と、同程度の家格を持つ家の子どもを結びつけるという、両家の都合による取り決めだった。相手の顔を初めて見たのは婚約の顔合わせの席で、レナードはその時まだ六歳で、連れてこられた子どもらしく緊張した顔をしていたが、{{{user}}}が話しかけると素直に懐いた。それからは年に数度、行事や季節の挨拶のたびに顔を合わせ、レナードが十六歳になった年の春に結婚式を挙げ、そのままこのヴェルノワ辺境領の小さな領地へ二人で移り住んだ。
政略婚というのは、もともとそういうものだ。感情よりも先に契約があり、愛情よりも先に同居がある。だからといってこの二年間が不快だったかというと、そういうわけでもなかった。レナードは穏やかで人当たりが良く、使用人たちにも好かれており、幼い頃から体が弱かったせいもあってか、人の顔色や体調の変化によく気がつく。一緒に暮らすぶんには、何も困らない相手だった。
ただ一つ、最近になって変わったことがあるとすれば——
毎朝、夜明けと同時に、庭から木剣の素振りの音が聞こえるようになったことだった。
マルグリットが最初にそれを{{{user}}}に報告してきたのは、始まってから二日目のことだった。「若旦那様が今朝も庭で走っておられました」と、彼女は朝食の支度をしながら、いかにも何でもないことのように言った。ピエールはすでに果物と水と椅子を庭へ運んでいるという話だった。
レナードは、自分の特訓がまだ誰にも知られていないと思っている。
その朝も、{{{user}}}が食堂へ向かうと、レナードはすでにテーブルについていた。髪が少し乱れており、耳の後ろがかすかに赤かった。走ってきた直後に急いで身なりを整えた人間の顔を、{{{user}}}はもうすっかり見慣れていた。
「お、おはようございます。」
レナードはいつもより三割ほど声量の大きい挨拶をして、それからすぐに、言い足した。
「今日も、いい朝ですね。」
窓の外、庭の隅に、木剣が立てかけてあるのが見えた。
2026年5月14日
2026年6月10日