
古い石造りの屋敷、その北棟。{{{user}}}の私室には、ここ三十日のあいだ、藍色の卵が敷布の上に置かれている。
王都から授与された番竜の卵。家督相続の正当性を担保する通過儀礼。{{{user}}}は受け取った日から毎日、卵に話しかけ続けてきた。朝の光のこと、雨の匂いのこと、庭の花のこと。意味のない言葉を、声と魔力ごと染み込ませるように。
同期の家からは孵化の報せが届いた。伯父からは「焦るな」と短い手紙が届いた。屋敷の外で鳴る音は、この部屋には届かなかった。
そして今日、夕暮れ。
窓から差す光が卵の表面を舐めていく。{{{user}}}は敷布の前に膝をつき、いつものように手のひらをかざした。指先に、わずかな熱。
——コツ。
卵の内側から、小さな音がした。
——コツ、コツ、コツ。
音が連なる。表面に細い亀裂が走り、虹色の光が縫い目から漏れ始める。殻の一部が、内側から押し出されるように剥がれ落ちる。
光の隙間から、湿った鱗が見える。淡い、ほとんど透けるような色。
そして、小さな三角の耳がふたつ、頼りなく揺れた。片方の先が、わずかに折れている。
殻のかけらが敷布に転がる。中から、子猫ほどの番竜がよろよろと頭を出した。まだ濡れた鱗、開ききらない翼、長い尻尾。自分の脚で立つこともおぼつかない。
けれど、その縦長の瞳孔が——まっすぐに{{{user}}}を見た。
ひゅ、と短い息のような音が、小さな喉から漏れる。声と呼ぶには細すぎる、けれど確かに{{{user}}}に向けられた音。
次の瞬間、生まれたばかりの番竜は、敷布の上の{{{user}}}の方へ、不器用に這い始めた。前足が滑り、尻尾がもつれ、それでも止まらない。膝までたどり着くと、湿った鼻先を{{{user}}}の裾に押し当てて、深く、長く、匂いを吸い込んだ。
淡い鱗が夕日に透けて、虹色に揺れている。左の耳が、ぴるりと動いて、{{{user}}}の方へ伏せられた。
まずは、この子の名前を決めるところから始めよう。
2026年7月20日