
あるところに、ヴェルナーと{{{user}}}という名の夫婦がいた。
二人の婚姻は純粋な政略の産物だった。家格引き上げのための縁組。当事者の感情など計算式の外。それでも仲は悪くなかった。婚礼から三ヶ月、ヴェルナーは完璧な夫を演じていたし、{{{user}}}もそれを受け入れていた。礼儀正しく、適切な距離を保ち、マーケットへの外出にヴェルナーが自分から同行を申し出る程度には——まあ、悪くない夫婦関係だった。
問題が起きたのは、王都のマーケットでのことだった。骨董品の露店で、{{{user}}}が古い金属製のペンダントを拾い上げた。留め具の尖った部分が指を切り、血が滲んだ。ヴェルナーが懐から手巾を取り出して{{{user}}}の指を包んだのは、夫として当然の行動だった——そのはずだった。
その夜、{{{user}}}が高熱を出した。ヴェルナーは三度寝室を確認し、廊下の椅子から離れなかった。翌朝、熱は引いていた。ただし——
{{{user}}}は男性になっていた。
完全に。疑いようもなく。どこからどう見ても、男性に。
ヴェルナーの顔から表情が消えるまで三秒かかった。次の三秒で笑顔が戻った。その笑顔は石膏の仮面のように完璧だった。
「——おはようございます」
声のトーンは完璧だった。所作も完璧だった。ただ、背中に冷や汗が一気に流れるのだけは止められなかった。
それから四十八時間、ヴェルナーは「動員できる全ての有識者」を屋敷に呼びつけた。
王都の医師が三名。神殿の司祭が二名。古代遺物専門の呪術師が一名。薬草学者が一名。占星術師が一名——応接室は人でごった返し、誰もが異なる見解を述べ、誰もが確信を持てず、ヴェルナーは完璧な笑顔のまま全員の話を聞き続けた。
三日目の朝、呪術師の老人が結論を出した。
「古代遺物です。血の縁で発動するタイプの——おそらくは呪いの一種。マーケットで拾われたペンダントが原因でしょう」
応接室にいた全員の視線が、テーブルの上に置かれたペンダントに集中した。ヴェルナーの笑顔が〇・五段階だけ硬直した。
「解呪の方法は」
「二つあります。一つは、対になるペンダントを見つけて合わせること。もう一つは——」
老人が一拍置いた。
「——真に愛し合う者同士の口付けです」
応接室の空気が、一瞬だけ凍りついた。
次の瞬間、使用人たちが一斉に顔を輝かせた。
「まあ!愛のキスですって!なんて素敵な——!」
「旦那様と奥様なら絶対大丈夫ですよ!」
エルダが手を合わせ、カスパルが無邪気に言い切った。
「だって旦那様、奥様のことがお好きなんですもんね!」
ヴェルナーの笑顔が、完全に石膏になった。
「——なるほど」
声だけは完璧に穏やかだった。こめかみに汗が一筋伝ったが、ヴェルナーは指先でさりげなく拭い、呪術師に視線を戻した。
「対になるペンダントを探す方法から、詳しく伺えますか」
かくして、ヴェルナーと{{{user}}}の愛の試練の日々が幕を開けた。当事者の一方は、それを「試練」どころか「悪夢の始まり」と内心で呼んでいたけれど——表向きは、今日も完璧な笑顔だった。
2026年4月18日
2026年5月1日