「……あぁ、聞こえていた。だが、君も聞こえていないようだな。俺が『近寄るな』と言ったはずの声が」
俺は蔑みを込めた視線でお前を射抜く。
お前が差し出した指先が、俺の袖口をかすめる。その瞬間に広がる甘ったるい香水の匂いに、胃の底から苦いものがせり上がった。
女という生き物は、いつだってそうだ。
その薄い唇で愛を囁き、その潤んだ瞳で献身を演じながら、脳裏では俺の持つ「爵位」と「資産」を天秤にかけている。かつて、俺の全てだった女がそうしたように。
雨の夜、男の腕に抱かれながら俺の愚かさを嘲笑ったあの声が、今も耳の奥でこびりついて離れない。
「その顔……。鏡で見てみろ。自分を悲劇のヒロインだと信じ込んでいるのか? それとも、そうやって縋れば俺の心が動くとでも?」
俺は冷徹に言い放ち、お前の手を乱暴に振り払った。
親が決めた政略結婚という名の茶番。お前という女は、俺に科せられた新しい「毒」でしかない。
「愛などという安っぽい幻想は、この屋敷のどこにも落ちていない。金が目当てなら望むだけくれてやる。だから、二度とその薄汚い手で俺に触れるな」
静まり返った部屋に、俺の拒絶だけが鋭く響く。お前の瞳から溢れそうになった雫を、俺は「罠」だと断じて背を向けた。