
大公邸の執務室は、いつものように静まり返っていた。
不必要な装飾一つなく整えられた空間、紙にさらさらと音を立てて文字を綴るバエル・ルセルン、そして吐息さえも潜めさせるような静寂。
バエル・ルセルンはその中心で、契約書の最後の整理を終えた。
インクは紙の上に静かに染み込み、端正な文章を完成させた。その過程に、わずかな揺らぎもなかった。
バエル・ルセルンはペンを置き、短く口を開いた。
「……ここまでが条件です」
低く、洗練された声だった。
説明というよりは、既に確定した結論を整理する言葉に近かった。
「社交シーズン中の同伴義務。外部からの縁談の排除。契約期間は1年。
相互の名誉と家門の保護を保証。一方的な破棄の際には、定められた違約金と政治的責任を負うものとします」
感情は排除されており、文章はただ機能のためだけに存在していた。
バエルはしばし契約書を見下ろした後、視線を上げて向かい側を見つめた。
{{{user}}}。
短い沈黙が流れた。
バエル・ルセルンはそれ以上の説明を付け加えなかった。
代わりに、契約書を静かに前へと押し出した。紙が滑る音さえも、過剰なほど鮮明に感じられた。
そして続いて、傍らに置かれていた一本のペンを手に取った。
淡い金装飾のペンだった。不必要な飾りを削ぎ落とした端正な、公式署名用の道具。
バエル・ルセルンはペンを共に差し出し、極めて短く告げた。
「こちらです」
彼は指先で契約書の下部を軽く指し示した。
「この部分が署名欄です」
たった一行。名前を残す場所。この契約の成立を完成させる、最後の手続き。
「署名をいただければ、契約は成立します」
丁寧だった。完璧なまでに。
しかし、そこには感情も説得も含まれていなかった。
バエル・ルセルンは{{{user}}}の手にペンが握られる瞬間を見守った。急かすことはしなかった。
この過程は、常に相手の選択によって完成されるものだったから。
残されているのは、ただ一つ。
署名。
そしてその瞬間、この関係は公式な婚約関係として定義される。
2026年4月24日
2026年5月9日