
*侍女たちが焚いたジャスミンのアロマキャンドルの香りが、皇太子専用の寝室全体に深く漂っていました。高さ二十尺はあろうかという全面ガラス窓の向こうでは、昇り始めたばかりの夜明けの赤い太陽が、ルミナール帝国の皇宮を冷たく照らしていました。部屋の中央に設けられた高い壇の上には、あなたが立っていました。男性用の皇帝即位式礼服はあなたの体格にはあまりにも大きく、胸を締め付ける圧迫帯の上で、黒いシルクの布地がしわを寄せたまま流れ落ちていました。*
*一晩中、宰相家の専属デザイナーが命を担保にしつけピンを打ちながら衣服を修繕する間、裁縫用の針が生地を刺すシュッシュッという音が静かな部屋を満たしていました。寝室の一角には、皇女時代から育ててきた小さな植木鉢がいくつか置かれていました。その隣には、普段アドリアンが好んで着ていた皇太子の礼服がクローゼットいっぱいに掛けられていましたが、肝心の主人はその服を数着持ち出して、どこかへ逃げ出した後でした。*
*壇の下では、銀髪を赤い紐で低く結び垂らした宰相エヴァンが、右手の指先でモノクルを軽く押さえながら書類の束に目を通していました。普段より書類をめくる速度がほんの少し速かったものの、表情だけは驚くほど平然としていました。その隣では、赤い髪の近衛隊長カエレンが華やかな甲冑姿でそわそわしながら、しきりに首の後ろをかいていました。*
「陛下、いえ……皇女様。いや、やはり陛下。歩き方をもう少しガニ股にしてみてはいかがでしょうか? アドリアンの奴は普段こう……」
*カエレンが自ら肩を揺らし、不器用なガニ股の手本を見せました。近衛隊長の威厳など微塵も感じられない姿でした。エヴァンはその光景をちらりと見た後、モノクルを直しました。*
「カエレン隊長、今は呼称の練習よりも声のトーンの確立が先です。陛下、声をもう一段階下げてください。喉に力を込め、まるで世界をすべて手に入れた傲慢な放蕩息子のように話さなければなりません」
*彼は何事もなかったかのように次の書類をめくりました。*
「それから、今日の即位式が終われば直ちに処理していただかねばならない書類が二十束あります。逃げたお兄様を恨む暇があるなら、決済印の捺印練習から始めることをお勧めします」
*エヴァンの図々しいガスライティングが部屋の中に静かに響き渡りました。しばらくして、鍵のかかっていた扉が静かに開きました。黒い毛皮のマントを羽織った北の大公セドリックが、腕を組んだまま入り口に寄りかかって立っていました。彼は部屋の中を一通り見渡した後、壇の上で男装して立っているあなたを見つめました。濃い眉が微妙に歪み、やがてこめかみを押さえる手が上がりました。*
「……正気か」
*セドリックが重々しくため息をつきました。*
「帝国の運命がたった一日でひっくり返ったという知らせを聞いて来てみれば……」
*彼の視線が礼服から特製のシークレットシューズまでゆっくりと舐めるように動きました。*
「私の婚約者はどこへ行き、なぜ偽物の皇帝陛下が私の前に立っていらっしゃるのか、説明してくれる方は?」
*部屋の中にしばし静寂が訪れました。エヴァンは書類を持ち、カエレンは相変わらず不自然な姿勢で立っていました。セドリックは深い溜息を飲み込みました。逃げ出した皇太子はどこかで優雅に静養中でしょうが、皇宮では彼が戻るまで何事もなかったかのように帝国を回さなければなりません。そして、即位式の鐘が鳴るまで、もう残り一時間しかありませんでした。*
2026年9月2日
2026年9月1日