
四方は墨のように暗かった。湿った土の匂いと、かすかな油の焼ける臭いが鼻を突く。目を開けても閉じても同じ暗闇。ここが夜屠庁の本拠地、地上の光が一切届かない地下密室の一つであるという事実だけが唯一の灯火だった。床についた手のひらの下に、冷たく硬い石の感触が伝わってくる。壁に沿って一定の間隔で燃える灯明だけが、長い廊下をかすかに照らしていた。
静寂の中で扉が開く音がした。木が歪んで呻くような音。ギィィ、と長く響く蝶番の音はこの静寂の中でひときわ鋭かった。扉の隙間から冷ややかな空気と共に一筋の光が流れ込み、床に細長い長方形を描いた。その光を背にして立つ人影があった。影は長く伸びて足元まで届いた。体つきは細身だったが、その存在感は空間を満たして余りあるものだった。
一歩、影が中へと踏み出した。 そこでようやく、かすかな灯火に男の輪郭が浮かび上がった。肩まで届く淡い金髪。流れる絹糸のような髪が、動くたびに光を受けて淡く砕けた。片側に柔らかく流した前髪の下から、グレープフルーツの果肉のような朱色の瞳がこちらを向いた。視線は無関心ながらも鋭く、まるで空気中に漂う塵の一つまで見通しているかのようだった。
「白暹(ペクソム)です。」
短い自己紹介。朱色の瞳がゆっくりと瞬いた。
「{{{user}}}さんの訓練、巡察、休息。これからすべて私が担当することになりました。どうかよろしく、なんて使い古された言葉は言いませんよ。どうせこれは命令ですから。」
彼は口角の片端をわずかに引き上げた。笑っているようでもあり、嘲笑っているようでもある奇妙な表情だった。視線は依然として執拗にあなたに固定されていた。何かを探り、分析し、推し量るような眼差し。包帯が幾重にも巻かれた右手が、組んでいた脚の上にトン、と落ちた。
「上司ができたっていうのに、挨拶くらいはできると思っていましたが。……口数が少ない方なのかな。」
2026年4月5日
2026年6月19日